3章 迫害者から使徒へ
ガラテヤ1章11~24節
11兄弟たちよ、どうか分かっていただきたい。わたしから教えられた福音は、人間から出たものではない。
12またわたしが自分で人間からこれを受けたのでも、教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示を通して受けたのである。
13わたしがかつてユダヤ教にいた頃の振舞いをあなたがたは聞いたはずである。わたしが神の教会をひどく迫害して、これを滅ぼそうとしたこと、
14また、わたしと同年代の多くの仲間たちに抜きんでてユダヤ教に精進し、わたしの父祖たちからの伝承に忠実で、人一倍熱心なほうであったことである。
15ところが、神はその御心によって、まだ母の胎内にいる時からわたしを選び分かち、さらにその恵みによって召し出してくださり、
16さらに異邦の諸民族に御子を福音するためにとわたしの内に御子を啓示してくださったその時に、わたしは血肉を具えた人間に相談することなどせず、
17またエルサレムにいる先輩の使徒たちのもとへ上ることもせずに、すぐにアラビアへ出ていった。そこから再びダマスコへ戻ったのである。
18それから3年目に、わたしはケファを訪ねてエルサレムへ上り、彼のもとで15日間滞在した。
19だが、主の兄弟ヤコブ以外の使徒には誰にも会わなかった。
20わたしが神の御前で偽っていないことをここに誓って書いておく。
21その後、わたしはシリアおよびキリキア地方へ行った。
22ただし、キリストにあるユダヤの諸教会には、顔を知られてはいなかった。
23ただ、かつては自分たちを迫害していた者が、今は滅ぼそうとしたその福音を伝えていると聞かされていたので、
24わたしのことで神に栄光を帰したのである。

イエス・キリストの啓示
 パウロがここで、エルサレム教会をも含めて誰一人彼の福音には関与していないと宣言するのは注目すべきであろう(「あなたたちに知っていただきたい」は啓示を受けた者が公に語る時の用語)。通常このような場合には、自分の使徒職と福音が、キリスト教会に公認されているエルサレムの使徒たちの後ろ盾を得たと主張するほうが、はるかに説得力があるだろう。ところが彼は、自分の福音が全く独自な「私の福音」であると宣言することで、自分に与えられた啓示の独自性を強調する。
 「啓示」とは人間には隠されていたことが、神によって「告げ知らされる」ことであるとすれば、この場合、パウロに与えられた「啓示の独自性」とはなんなのかが問われることになろう。キリストの福音に対して全く盲目であった教会の迫害者にイエス・キリストの復活が「啓示された」、ということがまず考えられるであろう。しかしパウロはここで、ダマスコ途上での体験について、例えばルカが使徒言行録で記しているようには語っていない。その代わりに「異邦人に御子を福音する」ことが自分に「啓示された」と語る。まず悔い改めがあり、その後に使徒への召命があり、それが異邦人への福音と結びついた、という二段階、あるいは三段階の過程はここでは意識されていない。
 パウロはここで、自分にイエスが顕われる以前のことに言及して、「先祖からの伝承に人一倍熱心であった」と回想している。彼はこのように、イエス・キリストに出会う以前と今の自分とを区別して、過去の自分からの訣別を告白する。これに続いて、「母の胎内にいる時から自分を選んでくださった神」が、「わたしの内に御子を啓示してくださった」と語る。ここで「御子が啓示された」とあるのが、イエス・キリストの十字架と復活とこれに続く律法からの自由への贖いのことなら、彼独自への啓示によらなくても、原初のキリスト教徒からすでに受け継いでいたはずである(第一コリント人への手紙15章3~11節)。いわゆるケーリュグマの定型ならパウロ独自の啓示によらなくても、彼にはすでに与えられていた(神の子を意味する「御子」という用語も原初教会からのもの)。
 ところが彼は、イエス・キリストの啓示に与った時に、先輩の使徒たちを含めて誰にも相談しなかったと言う(「血肉」とあるのは必ずしも使徒たちだけを指すとは限らないが)。だからパウロがここで語っている「啓示」とは、ユダヤ教時代からの訣別のことでもなく、律法からの自由の福音でさえもない。それは彼に授与された独自の使徒職それ自体にかかわるものと解釈すべきであろう。だから、彼が以下で語ろうとする「私の福音」に含まれる「真理」も、彼の使徒職のこの独自性と切り離して考えることができない。このことをここで確認しておく必要があろう。
 「人々からでなく、人によるのでもなく」与えられた啓示ということは、すでに彼が受けていた福音とは別に、使徒として福音を伝えるそのことに関して彼独自の啓示が与えられた、と理解すべきであろう。ペトロや主の兄弟ヤコブという先輩の使徒たちに出会いながら、その上で彼が「御子をわたしに啓示してくださった」のは「異邦人に御子を福音するため」であると言うのであれば、その啓示とは、先輩の使徒たちをも含めて、自分以外の誰にも啓示されていない仕方で「異邦人に福音する」ことになる。このような意味での「異邦人への福音」は、エルサレムの使徒たちからさえもそれまで「隠されていた」ことであった(パウロはユダヤ教時代にも異邦人のユダヤ教への改宗に携わっていたと考えられる。だとすると、ここで彼が言う異邦人への福音は、それまでの異邦人伝道とは全く違う啓示が彼に臨んだことを意味する)。回想によるとは言え、彼にとっては、回心と使徒職と異邦人への福音とが、このようして一体となる。これが彼独自の「啓示」の内容であり、しかも、それまでだれの目にも「隠されていた」神の御心が、彼独自の啓示として示された、というのがここでのパウロの陳述なのである。だから彼は、自分に啓示が与えられた根拠について、「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった」方によると語らざるをえない。
 「律法からの自由」の福音は、決して彼独自のものでもなければ、彼がキリストから独自に啓示されたものでもない。「御自身をわたしたちの罪のために献げてくださった」キリストは、すでに定型化されて原初教会から彼に伝えられていたからである。だから、「律法からの自由」が、彼独自の啓示として臨んだのであれば、「その意味」自体が新たに問われなければならない。「イエス・キリストの啓示による」とは、神が彼にイエス・キリストを「通じて」啓示することであろうが、同時に、イエス・キリストのペルソナとしての意味それ自体が、新たに彼の内面に啓示されることをも含んでいなければならない。このイエス・キリストは、彼にとっても一つの秘義であり、彼はその一生をかけて、この意味を追求することになる。私たちがなんらかの意味で、パウロの福音を継承するのであれば、このパウロの追求それ自体をこそ継承すべきであって、そうでなければ彼の福音を継承したことにはならない。これが、ひとりパウロのみならず、新約聖書がわたしたちに伝える「継承」についての秘義なのである(ローマ16章25~26節/エフェソ3章2~10節/コロサイ1章26~27節)。
  思うに人はだれでも、「生まれ出る前から」神によって定められた運命の導きを与えられているのであろう。その導きへと人を導いてくれる方こそ、イエス・キリストにほかならない。人はこの導きによって、自分に与えられた過去と訣別して、新たな歩みを始めなければならない。しかし、そのイエス・キリストでさえも、やはり誰かの手によって「伝えられ」なければならない。人は、自分の先祖からの道と、伝えられたイエス・キリストの道とを受け継ぎながら、常にそこから新たな道へと、イエス・キリストの「啓示によって」歩むことが求められている。その道は、ほかの誰とも異なる自分独自の道とならざるをえない。しかもその道は、どこまで行ってもこの地上ではたどり着くことのできない、はるか彼方へとつながる道であることを、1世紀のアレクサンドリアのユダヤ人思想家フィロンは洞察した。「人それぞれの足取りは、主によって創り出される。人がどうして己の道を見定めることができようか」と箴言(20章24節)の作者が喝破したのは、このことである。パウロもまた、旧約聖書のこの霊統に己の道を見いだしたのであろう。
  継承とは、継承されたままの状態に留まっている限り、神の御心が真にその人に成就しているとは言えない。なぜ自分にイエス・キリストが示されたのか? と問い直すところから、福音の真の継承が始まる。パウロが、これ以降で語ろうとしているのは、「この意味で」彼が継承した福音である。彼が「律法からの自由」を唱えたのは、「この意味」であり、それは異邦人への福音が、宗教の根本となる教義そのものだけでなく、その生活のスタイルにおいても、従来の宗教から完全に独立した信仰であり、しかも「そのような」福音が、エルサレム教会が説く福音と「完全に平等」だということなのである。その上で、パウロは断言する。この「私の福音」こそ、旧約聖書以来の神の御心に沿った福音であり、これ以外のものは偽の福音に過ぎないと。すなわち彼はここで、自分の福音の「継承における正統性」をはっきりと確認している。
サウロからパウロへ
 1章13節から2章14節まで続くパウロの自伝的な部分は、「どうか聞いていただきたい」で始まる「弁明者」の語りである。批判や中傷、特に個人的な批判にさらされた場合に、弁明がまず自伝で始まるのは、17世紀のイギリスのピューリタン詩人ジョン・ミルトンの場合も同じである。パウロはここで、「自分について言われていること」が、完全な誤りであることを自らの口から告知する(1章20節)。彼について何が言われていたのかは、この弁明を裏返しにしてみれば見えてくる。曰く、パウロは律法をないがしろする放縦な教えを広めている。曰く、彼は自分の思い上がりから、自己流のでっち上げを福音として宣伝している。曰く、彼はエルサレムの使徒たちからの教えを守らず、使徒たちの教えに背く内容を福音として伝えている。
 パウロは先ず、自分が「神の教会」を迫害したことをはっきりと認める。彼は通常「諸教会」という具体的な姿で語るから(1章2節)、ここでの単数形は注目を引く。ここでは、「神の教会」に対照されるのが「ユダヤの宗教と生活様式」(「ユダヤ教徒として」の意味)である。言うまでもなく、ユダヤ教とその生活様式は、律法遵守と固く結びついていた。それのみか、律法を守らないことによって引き起こされる「神の怒り」(民数記25章1~13節)を誰よりも恐れていたのは、かつての彼自身であった。その恐れとイスラエルの民族宗教に対する熱意が、「神の教会」への迫害へと彼を駆り立てたのであった。「神の教会」は、このようにして「ユダヤ民族の宗教」と対応する。
 ところが、ここでの「神の教会」は、そのほとんどがユダヤ人キリスト教徒たちであり、しかも、律法からの自由をいまだそれほど意識していない人たちであったのを忘れてはならないだろう。彼らの中の何ほどの人たちが、従来のユダヤ教とイエス・キリストにある「この道」とを区別していたかさえも判然としないこの時期に、それでもなお彼は、「この道の」ユダヤ教の異端者どもを「抹殺する」ことを願っていた。なお、パウロが今ここで「神の教会」と呼んで、「ユダヤ教」と区別しているそのこと自体が、すでにパウロ自身が、ユダヤ人キリスト教徒たちよりはるかに進んだ教会観を抱いていることを示唆している。ここでのパウロの「神の教会」は、後の「キリスト教会」につながると言えよう。
 神は、彼を母の胎内にいる時から「異邦人に御子を福音する」ために「選び分かち」「召命された」。この驚くべき亀裂とこの亀裂をつなぐ唯一の橋は、それが「神の御心にかなう」(ここには「神の目から見て善しとする」創世記での神の創造の業が響いている)ということである。「神の教会を抹殺する」から「異邦人の間に御子を福音する」までの間に横たわるこの裂け目を、人間パウロが一足飛びに乗り越えたとは考えられない。おそらくこの両岸の間には、「御子を彼の内に啓示」してくださった方による何段階かの導きがあったのであろう。こういう召命のスタイルは、「使徒」のそれではなく「預言者」の召命に近い。パウロに神から使信が託されたのは事実であろうし、彼自身もそのように述べてはいる。しかし、ここでのパウロは、「使者」ではなく神の御心を民に伝える「預言者」なのである。神は、パウロを「通じて」使信を送ったのではない。神はパウロ「を」遣わしたのである。彼が「自分の内に御子を啓示してくださった」と言うのは、まさにこの意味であろう。だから彼は、「その直後に」「人に相談しようと赴く」ことをせず、アラビア(ナバテア地方のこと)へと出向いた。
 ユダヤ教の律法遵守を保持していた「神の教会」さえ抹殺しようとしたサウロが、律法からの完全な自由を標榜する「異邦人への使徒」となるというこの大きな裂け目の間に何があったのかを探るのは容易でない。一つ言えるのは、復活者イエスとの出会いを通じて、御子イエスを十字架刑に追いやったのはまさに自分であるという意識が彼にあったであろうことである。パウロはおそらく、このイエスの十字架に「ユダヤ教の終焉」を観たのであろう。彼はこれを神の救済史における裂け目として認識する。神は、それまでの様々な霊的体験を担うパウロの存在の一切を、そのまま神の預言者として遣わした。だから彼は、同盟国の滅亡を半裸の姿で文字通りに「体現」した預言者イザヤとそれほど離れてはいない。わたしたちはここに、ユダヤ教の宗教的な生活と律法遵守の精神を学び、最初期のキリスト教徒たちの信仰へと導かれ、さらに異邦人への使徒としての召命を受けるまでのパウロの信仰的な継承過程をはっきりと確認することができる。この意味で彼は、「彼自身を」伝えることによって「福音する」のである。そのような彼の存在自体が、救済史の深淵に潜む一つの大きな謎である。後に彼は、この謎を「神の豊かな知恵と秘義の深淵」と呼んだ(ローマ11章33節)。それは彼に「御子を啓示した神」からの秘義にほかならない。しかも父である神は、このような継承が彼の身に顕現するのを「御心にかなうこと」(ガラテヤ1章15節)とされた。パウロが伝える福音の「正統性」の唯一の根拠もまたこの「御心」に依存している。
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